©1994~ Yukio Uchida

Yukio Uchida
2017年2月3日

CP+ができるまで #1

9件のコメント

最終更新: 2017年2月4日

なにか連載みたいなことをしたいと思っているとき、ダルビッシュ投手が若い野球選手から筋トレについて質問されて答えているのを見て、トークショーなどの資料をどうやって作っているかを記事にしようと決めました。

質問を受けることも多いですし、あとに残しておくことに意味があるように感じるから。ぼくが自分でトークショーをやるようになったとき、先輩たちに聞いても知りたいことを答えてくれる人がいなくて苦労したので。

 

ちょうどCP+まで一ヶ月くらいあるので、それを具体例にして書いていきます。質問や意見などあればコメント欄に。

ただ、答えられないことあるかもしれません。舞台裏のヒミツ(なんてないけど)とか。

 

第一回として、使用機材を。

初めてトークショーをやったのがシグマからの依頼で、場所は銀座のアップルストアでした。あそこ会場がすごくよくできていて、席についていたらどこからでも完全にスクリーンが見えます。音響も完璧。でもそんなこと考える余裕も、もちろん経験もまったくなかったです。

当時はWindowsを使っていてパワポもまともに使えなかった(得意なの秀丸でテキスト書くことだけだった)から、画像をフォルダに入れて、それをアップルの人に頼んでMacに移してもらい、ただ順送りしながら話しました。ヘッドセットじゃなくハンドマイクだったと思います。

 

そのあと2011年にCP+でX100のステージに立つとき、今までのままじゃダメだなと思い、「じゃじゃん!」と言いながらベスト7をカウントダウンするというスタイルにしました。

「第7位! コンパクトなのに画質がいい!!」みたいな。

CP+のように、会場でいろんな音が混ざっていて人の流れが激しいところだと、途中から見る人も多いため、ネタフリがあって盛り上げてオチで回収するというような組み立てでは空回りしてしまうからです。意味はあって重要だけれど難解だったり退屈だったりするパートも、ひとりひとりのお客さんに伝わりにくい。映画みたいなわけにはいきません。

映画は基本的にクローズドなスペースで、整えられた環境で、二時間くらいの時間を約束されているわけで、デヴィッド・フィンチャーみたいなことが可能になります。

 

このカウントダウン方式は、わりに評判も良かったですし、いまでも環境に左右されない強いスタイルだと思っています。Windowsのノートパソコン使って、クリックしてスライドを進めて・・・というやり方なので、トラブルもほぼ皆無。

でも海外の写真家のプレゼンなどを見ると、もうちょっとストーリーを持たせていることに気づき、いよいよMacの導入になるのが2012年。

 

つづく。

 

参考資料:若葉マークがとれる前のMac二年目のプレゼン表紙がこれ。

まだ当時は16:9ではなく4:3だったんだな・・・と感慨深い。

 

 

Yukio Uchida
2017年2月3日

これスレッドみたいに考えて、コメント欄に延々と連載していくのと、どんどん別に新しい記事を書いていくのと、どっちが見やすいんでしょう?

 

いったん書いた記事を編集できない仕様みたいで、すごく迷っています。意見があれば、参考にしますので教えてください。

 

本当はブログのほうにするほうがよかった気もするんですが、このフォーラムを持て余していたので、活気あるページにするための試験としての運用です。

 

 

 

Takafumi EZAWA
2017年2月3日

こんばんは。連載、楽しみにしております!

記事投稿の件ですが、スレッドで記事を連ねるよりも新規投稿が好みです。その方が記事に対するコメントが読みやすくなると思うからです。

Yukio Uchida
2017年2月3日

わかりました。最初の意見ということで尊重します。

ということで、ナンバリングしますね。

 

kazuleo
2017年2月3日

CP+開催までの楽しみが増えました!

EZAWAさんのコメントのように展開していただけると、読みやすくコメントしやすいですね。

Yukio Uchida
2017年2月4日

Mac導入のところを、本編で端折ることになるかもしれないので。

 

最初に選んだMacはMacBookAirの13インチでした。以下、MBA 13"と省略していたらこのモデルのことです。Late2011のはず。

 

いまは11インチのMacBookAirを使っていて、これは少しでも軽く楽をしたいという気持ちよりは、店頭トークショーなどのときにテーブルが小さくて13インチでもぎりぎりなケースがあり、必然的にそうなりました。

会場に行ってみて、リハをしながら「このあたりの席だと一番下に置いた文字が見づらいな・・・あと5ミリ上げようか」といったふうに文字の位置を調整したり、写真の順番を変えたりすることも多く、13インチのほうが作業は圧倒的にしやすいのだけれど仕方ありません。

 

最初に買うなら13インチのMacBookAirが最強だと思います。11インチとは違ってSDのスロットあるから、当日に急に写真を撮ってそれを上映に加えるなんてことも楽です。MacBookProのほうがモニターはきれいでパワーもあるし、HDMI直挿しできますが、重すぎます。

 

 

kazuleo
2017年2月4日

以外にMac歴が短いのに驚きました!

私はCPUごPowePCになる前から使っていますが、某ベンダーの方がスマートにPowerBook Duoを使いこなされていたのが思い起こされます。

Yukio Uchida
2017年2月4日

画像を扱うのにいいから、という理由でG4のときにいちどMacに手を出して、当時のMacとWindowsの連携の悪さに対応できず、ずっとWindowsでした。

最初のトークショーのとき、アップルストアの店員(インストラクター)に、「これ、どれくらいの負担かけられるマシンですか?」と尋ねたとき、「たぶん想像できる範囲の最高まで」と答えてくれたとき、きっといつかMacにしますからと心に誓いました。

 

今まで見たなかでMacの扱いがかっこよかったと思うのは、「ドラゴン・タトゥーの女」の中に出てくる対象的な二人・・・ルーニー・マーラとダニエル・クレイグのコントラストがすごく好きでした。どっちの扱い方も美しいと思って。

MacBookAir 13"のあとで、MacBookPro 13"を買う決心したのはその影響だったと思います。

 

Takafumi EZAWA
2017年2月6日

おはようございます。ボクのコメント(好み)から記事投稿のスタイルを決定いただいたとのこと、嬉しいです!&恐縮です!

kazuleoさんにもご賛同をいただき、ありがとうございます!

Yukio Uchida
2017年2月6日

多数決ってのもひとつのやり方だと思いますが、最初にアクションを起こす人ってそれなりの何かを持っているわけで、その一票をどう評価するかって重要だと考えています。

とくにすごく早くて助かりました。週末の前で記事がまとめて書けるタイミングだったので。

いまでは絶対にこっちにしておいてよかったと思うので、早く意見をもらえて感謝しています。

最新記事
  • Yukio Uchida
    2017年5月28日

    イベントの感想や質問などあれば、こちらに書いていただけると、返信しやすいです。
  • Yukio Uchida
    2017年2月27日

    写真の誕生から190年。フィルム出荷本数のピークから20年。iPhoneの発表から10年。 ニコンショックと呼んでもいいようなニュースがあり、今年は写真にとって何かの節目であるような気がしているのですが、信じるか信じないかはアナタ次第。 ** 音楽に電気的な要素が増えたとき、手軽に扱えるようになる反面、作者のクリエイティビティはかえってソフトウェアの限界などの制約を受け、自覚しているかいないかは別として、やがて音楽は均質なものになっていってしまう とOval(ドイツのミュージシャン)が問題提起したのが90年代半ばのこと。 今の写真の状況は、これに似ているように感じることがあります。 Ovalは最終的に、CDにマジックで線を書いたり傷をつけたりして再生することで、そのノイズによって新しい音楽を生み出そうとするところまでエレクトロニカを推し進めます。 シュルレアリスムやモダンアートが、作為からいかに離れていくかを模索したのに似ている気もします。 でも細野晴臣さんによれば、これによってノイズがファッションのようになってしまい、それ自体がオブジェクト化してしまったと。ノイズは表現の手法のひとつだったはずが、それ自体が目的になってしまったということでしょう。 それ以前までのエレクトロニカは、新しいものを生み出すエネルギーが集約されていて聴いていて楽しい音楽だったけれど、Ovalの実験的手法を見たときに畏怖を感じたと、当時を振り返って語っていました。 ** 音楽は炭鉱のカナリアのごとく、先を進んで危険を教えてくれているのですが、このあと産業としての音楽は壊滅的なダメージを受け、ライブという体験に活路を見出すことになります。 CDは売れなくなっていくけれど、ライブの動員は増えていって、人は音楽を体験することを求めるようになるから。 それは音楽が原点に戻ったということだと思います。 ぼくは写真と二度の絶交をしています。それでも仲直りができたのは、三つの大きな要因がありました まずは過去の膨大なアーカイブの存在。 次に、そこから広がる世界・・・ぼくにとってはアートとファッションでした。 最後が、カメラというモノの魅力です。
  • Yukio Uchida
    2017年2月14日

    コナン・ドイルの偉大さは、シャーロック・ホームズという類まれなキャラクターを作り上げたことではなく、そのホームズの活躍や葛藤をワトソン博士という自我を持った存在が語る事件簿のスタイルへと構築し直したところにある。 というような記述を読んだことがあります。たしかに。 シャーロック・ホームズの一人称だったら、相当につまらなかっただろうと思います。翻訳のとき「僕」なのか「私」なのか興味あるけど、きっと「吾輩」だろうな。 プレゼンにも、そういうひと捻りがあるといいなと思います。 写真を撮ったのと別の人格で語ると面白い、というわけでなく、見せ方に工夫があるといいんじゃないかと。 そういうのエルスケンあたり上手そう。 欧米の写真家は、一般的にストーリー仕立てで写真を見せていくスタイルを好むようです。カメラとこんなふうに出会って、こういう経験があり、こういうところが気に入っていて、これからはこう使っていきたい、と。 改行とパラグラフがしっかりしているという感じ。文化としてそういう背景があるからでしょう。 一昨年だったかフジフイルムのステージに出たTomasz Lazarが、エルンスト・ハースの引用から始めてマルセル・プルーストの引用で締めくくっていて、かっこよかったです。場にフィットしてない感じは否めなかったけど。 ぼくはターゲットストーリーみたいなのを考えるのが好きで、ペンタックスQ-S1のときに男女ふたつのキャラクターを想像しました。 こういう遊び心、もっと広まるといいな。 インパクトがあるのは数字だけれど、長く心に残っていくのは物語だと思うから。でも「カメラのブツ撮りにストーリーをもたせよう」というのも普及させられないので、力不足を痛感しています。