存在の耐えきれない重さ
シグマの季刊広報誌「SEIN」は、特別号で「Life with Photography」と題され、写真集を特集していました。ぼくも見たことがないのだけれど、シグマは会社として800タイトルもの写真集の蔵書を所有しているそうで、それが中心となっています。
キュレーターによる「写真集が語る歴史、写真集が教える喜び」という対談や、愛をテーマにした著名人たちが選んだ写真集、など盛り沢山な内容。
*都内ショールームの開設が予定されていて、そこで閲覧できるようになるらしいです。
音楽ファンでギターも弾けるのにレコード(やCD)をひとつも持っていないという人は想像できないけれど、カメラが趣味でレンズを何本も持っているのに写真集は持っていないという人は現実的に存在すると思います。
写真を中心とした世界と、カメラを中心とした世界は、よく似ていて、一部では重なっているけれど、ねじれた位置にパラレルに存在する別世界だから。
個人的に、キュレーターの役割は、こっち側にいながら、あっち側までの距離を見定めて、そこに橋を架けるような作業だと考えています。その人たちなら、このふたつの世界に橋を架けるのは難しくても、扉のようなものをいくつか作ることはできるのではないかと期待しています。
シグマみたいな企業が、こういった活動をして、こういった本を作ることは素晴らしいと感心したけれど、読んでいるうちにワクワクしてきて、「よし、オレも写真集を買おう」と前のめりになる感じがしなかったのが、やや残念でした。
気づいたら密林でポチッと・・・的な。初めて買った写真集はそれぞれだけれど、そのきっかけは「SEIN」だった、なんてことがあったら素晴らしい。
そのためにも、ポール・オースターみたいな、一冊の本と出会ったために人生が変わった青年のエピソード(読み物)があるとよかったなあというのと、部屋に写真集が置かれていることでいかに暮らしが豊かになるかが感じられるイメージ写真が欲しかったのと、最初の一冊の選び方のアドバイスみたいなのあるとよかったかなあ、と。出会いってやっぱり重要だから。