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アートにめざめたら

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取材で東京国立近代美術館に行って展示も見てきました。

たしかゴーギャンを見たのもここだったし、クーデルカ展を見に行ってサインをもらった思い出の場所でもあります。

 

いま開催されているのは「アジアにめざめたら」と題された、1950年代~1990年代にかけてのアジアのアート作品たち。

これ以降の時期のものが企画されることが多いのだそうで、黎明期というか、のちの巨匠たちの萌芽が垣間見える展示となっています。

もちろん世界の激変期でもあり、アジアだけそこから無関係でいられたわけではありません。

つい欧米のアート作品に注目してしまいがちだけれど、アジアにだって国家的な抑圧があり、対立があり、権力など戦う相手がいたわけで、苛立ちを感じていたアーティストはたくさんいて、国民性や時代背景によって欧米とは形こそ違えど、素晴らしいアート作品がたくさん生まれているのだと知りました。

 

取材中に気になった写真作品があり、1960年代の台湾の写真家らしいのだけれど、細江英公さんや奈良原一高さんに作風が酷似しています。
でも「薔薇刑」を見て影響を受けたのだとすると時代が合いません。逆も考えづらい。

学芸員の説明では「これは私たちにとって発見と言っていい優れた作品です」とのことだったので、移動のときに「先ほど気になった写真があったのですが・・・」と尋ねると、「そうなんです。あの時代の台湾とは国交が盛んでしたし、東松照明さんから教えを受けた写真家がいるなど、それぞれの土地で似た作風が育まれていったというのは、とても興味深いことなんです」と。

これだけで企画展やってもらいたいくらい。

 

取材は元NHKアナウンサーでジャーナリストの堀さんでしたが、さすがは知識と経験がすごく、年号をみると世界史的な出来事と諸国の情勢がどうだったかマトリックスのように浮かべることができ、ああいう見方ができたらアートと政治を完全に一体にして俯瞰できるんだろうなあと自分の不勉強を反省しました。

アート作品の素晴らしいところは、答えを言い切っていないところで、答えまで言ってしまうと違う考えが生まれなくなってしまうし、それを検分する機会もなくなってしまうけれど、問いのままで終わっているからこそ時間が経って新しい解釈が生まれ、ずっと見る価値のあるものとなっているのでしょうね、と。同感です。

 

すごく良い展示だったのでおすすめです。

ぼくは年代を見て、これがドイツの文脈だったらゲルハルト・リヒターになり、あれはリキテンテンシュタインで、とするとあっちはラウンシェンバーグなのかな、みたいな見方をしていました。
日本のアート・・・というか表現全般に、見栄えが優先されすぎているように感じられ、批評性とそれを包みこむユーモアが少ないのを残念に思います。

アートは言説の自由と多様性を担保すべきで、それを保証できないとするなら、まずはそこに戦う余地があるんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

 

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